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目次(もくじ)
プロ将棋の世界では、
正式な勝負の舞台(公式戦)で師匠に
弟子が勝つことを「恩返し」といいます。
今ではこのことは、将棋ファン以外の方も
聞いたことがあるかもしれませんね。
藤井聡太六段(当時)が師匠の杉本昌隆七段に、
王将戦1次予選で対局し、勝ったことで話題になりましたから。
それにしても、師匠に勝つことを「恩返し」と表現するのは、
なんだか不思議ですね。
プロ棋士の先生の中にも、
弟子が「恩を返す」手段は、なにも将棋で師匠を超えることだけでなない、
という意見をもつ方もいるようです。
ここでは、将棋の世界で、弟子が師匠に「恩返しする方法」についてまとめます。
調べてでてきたものや、私が勝手に考えた方法について書きます。
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師匠への恩返しは、
以下述べる4つの方法があります。
最後の一つは私が勝手に考えたものですが、
大切だと思ったので入れてしまいました。
一般にいわれている(と思われる)ものは3つということになります。
プロの将棋における正式な勝負の場は、
公式戦の対局です。
公式戦の舞台に立てば、
相手と普段どんなに仲がよくても、あるいは相手をどんなに尊敬していても、
真剣勝負です。
お互いに全力で負かしにいきます。
つまり、師匠相手、弟子相手であっても、
手加減なし、情け容赦なしの戦いになります。
このような舞台で師匠に勝ったとき、
初めて弟子は師匠を超えたことになります。
もちろん、たった一度の勝負で、「弟子の勝利=師匠の実力を超えた」と断言するわけにはいきませんが。
でも、少なくとも、公式戦で師に勝つことで、
弟子は「師匠のおかげでこんなに強くなれました!」という気持ちを
伝えることができるのです。
たとえはっきりと言葉にださずとも、
師弟の間柄ならば、伝わるものがあると思います。
私たち将棋ファンは、このあたりは、確信をもてますよね^^
ただし、若い頃から勝負の世界で生きてきた棋士にとってはやはり、
相手が弟子であったとしても、負けるのはつらいものです。
このことから、何も師匠に勝つことだけが「恩返し」ではない、
他のやり方があっていいはずだ、と考える棋士もいます。
このあたりの内容は、下記のサイトに記載されていることをもとにしています。
参考サイト(外部リンク): 弟子から師匠への本当の恩返しとは
上記のサイトは、久保利明先生による
「将棋界の恩返しとは」についての説明が掲載されています。
その説明によると、
弟子が師匠に恩を返したといえるのは、
「師匠が到達しなかった高み」に達したときだそうです。
具体的には、タイトルを獲得することですね。
また、個人的には、同じ「高み」ということであれば、
棋戦優勝することや、
(たとえ奪取できなかったとしても)タイトル戦の挑戦者になることは、
「恩返し」に含めてもいいと思っています。
この「恩返し」観は、元々は青野照市先生によるものですが、
実際にタイトルを取っている久保先生も賛同していることで、より説得力がありますね。
さすがは青野九段です。
久保先生は、もう一つ、
別な「恩返し」についても言及しています。
それは、自身も弟子をとること。そして、その弟子をプロにすること、だそうです。
師匠が自分にしてくれたように、自分も弟子を育てる。
そうしていく中で改めて師匠の恩を思い出すことでしょう。
そうして師匠が自分にしてくれたことのありがたさを今まで以上に自覚した上で、
「師匠のおかげで自分も弟子を育てられるような棋士になれました」と、
プロになった「孫弟子」の姿をみせる。これは師匠としては、嬉しいでしょうね^^
さらにいうと、
弟子をプロにまで育てることができれば、
さらにその弟子がプロ棋士になり、以下繰り返していくこともありえます。
そうして一門の系譜の中で受け継がれてきた将棋への想いや師弟の絆が、
絶えることなく受け継がれていくのは、
きっと我々の想像以上に嬉しく誇りに思えることだろうと思います。
ちなみにこの「弟子を育ててプロにすることが恩返し」という考え方は、
久保先生の師匠・淡路先生によるものだそうです。素晴らしいお考えですね。
こういった美しい考え方も含めて、将棋界では色々な思いが後世へと伝えられていくのですね。
将棋のプロを目指すには、「奨励会」で勝ち抜くという、非常に厳しい条件があります。
プロになれるのはほんの一握りです。
ましてや、タイトル獲得なんて、棋士の中でもほとんどの人は届かないほどの高みです。
これまで述べてきた「恩返し」は、
そのような厳しい競争に勝つことで初めて果たされるものでした。
では、競争の中で勝ち抜けなかった弟子は、
師匠に恩を返せないのでしょうか?
そんなことはないと思います。
将棋のプロ棋士になれなかった元奨励会員の
その後の進路には、いくつかパターンがあります。
早い段階で奨励会を退会した人は、大学に進学することが多いらしいです。
それから、将棋関係の職業につく方もいます。
観戦記者とか、将棋教室とか。「指導棋士」になる人もいます。
また、将棋関係の仕事につかなくても、アマチュアの大会で活躍する方もいますね。
師匠側としては、どの道に進むにしても、
それぞれの成功をつかんで欲しいと願っているようです。
自分が志した道を断念せざるをえない結果になるのは、
とてもつらいことだと思いますが、
それはあくまで一つの挑戦が実らなかったというだけの話です。
それを乗り越えて、好きな将棋に打ち込んだことを後悔せずに、
自分の道をみつけることが、師匠に対しても、
とても大きな恩返しとなることでしょう。
奨励会から棋士になれなかった場合の話は、青野九段の本を読むと、もう少し詳しいことが読めます。
個人的には、将棋界の師匠たちは温かいので、
弟子が立派に生きていれば「恩返し」したことになる、
というシンプルな考え方が一番だと思っています。
でもやはり、「師匠を超えること」という意味の「恩返し」の方も、
観ている側(つまり将棋ファン)としては楽しいし、注目していきたいですね^^
タイトル獲得が「恩返し」になると書きましたが、
師匠がタイトル経験者でない場合、確かにこれは弟子が師を超えたことになります。
でも、師匠がタイトル獲得実績がある場合はどうなのでしょうか?
この場合は、師匠のタイトル獲得数を超えることで、
初めて「恩返し」達成となるのではないでしょうか?
そういう風に定義する場合、師匠の実績がすごい場合、
弟子は簡単には恩返しできなくて、大変ですね^^
タイトルの意味での恩返し達成までが苦難の道となる棋士には、
誰がいるでしょうか?
すぐに思い浮かぶのは、豊島将之ニ冠です。
豊島ニ冠の師匠の、桐山清澄九段は、タイトル4期を経験しています。
これはすごい実績ですよ。
現役棋士の中で十本指に入るくらいです!
現在もっている2つのタイトルを豊島ニ冠が防衛できれば、達成できるのですが、
強敵が挑戦してくるでしょうから、いくら豊島先生でも簡単ではありません。
2019年度のうちに師匠超えを実現するためにも、
他のタイトルにも挑戦して、「タイトル通算4期」の可能性を高めたいところですね!
他にも師匠の実績が偉大な若手棋士はいて、調べると面白いのですが、それはまたの機会に!
将棋界の「恩返し」について書いてみました。
将棋界の師弟関係は、美しい関係、心温まる関係であることが、
中継などを観ていると伝わってくることがあります。
そのため、師匠に勝利することを「恩返し」と呼ぶのは大変奥深いことです。
でも、その一方で、師匠も勝負師だから負けると悔しいということや、
タイトル獲得や弟子育成という、一度の公式戦での勝利以上に大変なことを成し遂げることが、
本当の意味で「恩返し」といえるのだという、より深い意見もあることに感心します。
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